病院の廊下を歩く彼の背中を、どうしてもまっすぐ見られなかった。
息子の友人だとわかっているのに、あの若さと無邪気な笑顔を目にするたび、胸の奥がざわついて止まらなくなる。
去年の秋、事故で入院した息子を見舞い、偶然一緒になったあの日から、私はずっとおかしくなっていた。
久しぶりに外で話した若い男性の声、素直な瞳、そして自分を「女」として見られていないはずの距離感。その曖昧さが、どうしようもなく心地よかった。
離婚して十年以上。
子供たちは手を離れ、一人の夜が増えるたびに、体の奥が乾いていく感覚があった。
でも、もう女として見られることなんてない。そう思い込むことで、何とか均衡を保っていたのに。
彼を見た瞬間に、すべての理性が薄紙みたいに剥がれ落ちていった。
その日、息子の見舞いを終えてから、私は自分でも信じられない行動に出た。
病院を出て、彼と二人きりになった車の中。
「ちょっとだけ寄りたいところがあるの」
そんな言葉が自然に口をついて出た。
ホテルに誘った瞬間、彼の顔に浮かんだ驚きと戸惑い。
それでも完全に拒まないその沈黙が、私の最後のブレーキを壊した。
女が男を誘惑するなんて、若い頃は想像もしなかった。でも、今の私はもう止まれなかった。
部屋に入ると、手が震えていた。
こんな状況で緊張している自分がおかしくて、つい笑ってしまった。
彼は優しかった。焦らず、私のペースに合わせるように、何もせず隣に座ってくれた。
でも、その優しさがかえって私を追い詰めた。
「抱いて」
その一言を言い出すまで、そんなに時間はかからなかった。
キスをされた瞬間、十年間分の空白が一気に埋まるような感覚が走った。
彼の手が首筋をなぞるたび、身体の奥が疼いて止まらない。
若い男の匂い、硬い胸板、そして手探りの愛撫。
熟れた体は、もう少し触れられるだけで反応してしまう。
ベッドの上で、私は自分でも信じられないほど乱れていた。
息を吸うたびに声が漏れ、腰が勝手に動く。
抑えようと思えば思うほど、喉の奥から、女の本音のような声があふれ出す。
彼は驚いたように私の顔を見つめながらも、逃げずに見届けてくれた。
「気持ちいい…止まらないの…」
そう呟いたのは、半分泣きそうで、半分笑っていた時だった。
若さと経験の差なんて、どうでもよかった。
ただ、感じ合うことだけで、すべてがつながる。
私はずっと「我慢」して生きてきた。母として、女として。
でも、あの時ばかりは、我慢をやめた自分が心の底から愛おしかった。
二人でお互いの体を確かめ合うように、何度も繰り返した。
彼の指先が胸をなぞるたび、背中が反ってしまう。
クンニされると、腰が勝手に浮く。
あまりの快感に羞恥心も吹き飛び、足を絡めて求め続けた。
そして、自分でも知らなかった深い部分から溢れ出す感覚。
絶頂のたびに、昔の自分が少しずつ溶けていくようだった。
若い男に犯されながら、私はようやく“生きている女”に戻っていったのだ。
あの夜のことは、今でも夢みたいに覚えている。
彼と別れたあと、家に戻っても、ベッドの匂いが体から消えなかった。
洗っても消えない熱と疼きだけが残る。
そして時々、夜中に思い出してしまう。
ほんの一瞬でいい、もう一度抱かれたい。
あの体温に溶けるように、我慢できない女のままで息をしたい。
そう思う自分が、たしかにここにいる。