あの出会い系サイトに登録したのは、ほんの出来心だった。
旦那との関係は冷え切っていて、食卓では会話もなく、夜のスキンシップなんて何年もなかった。だから、画面の向こうで「はじめまして」と微笑む彼の言葉が、妙に心に刺さった。
彼は落ち着いた雰囲気の人で、最初のやりとりも誠実だった。まさか、こんなふうに自分が変わっていくなんて、そのときは想像もしなかった。
初めて会ったのは、土曜の昼。JR駅の改札で、「はじめまして」と軽く頭を下げた瞬間、彼の笑顔がすごく優しくてほっとした。
そのまま近くの喫茶店でお茶をしたけど、話が途切れることもなく、自然と会話が続いた。彼が穏やかに話すたび、旦那の癇癪まじりの声が頭の中から消えていくようで、それだけで救われた気分だった。
気づけば、一緒にラブホテルへ入っていた。
緊張で息が詰まりそうだったけれど、彼の手がやさしく頬を撫でた瞬間、何かが切れた。
「こんなことするんだ…」と震える声で言ったのを、今でも覚えている。
あのとき、私は“人妻”ではなく、“ひとりの女”に戻っていた。
しばらくは連絡も途絶えて、もう終わりだと思っていた。
けれど、時間が経つほどに彼の指の感触が忘れられなくて。結局、自分から「また会いたい」と送ってしまった。
会うたびに、彼は少しずつ私の奥へ踏み込んできた。
「調教って、試してみたい?」
最初にその言葉を聞いたとき、胸がどくん、と鳴った。驚きよりも、なぜか“待っていた”ような気がした。
そこからの時間は、ゆっくりと私の倫理観を溶かしていった。
大人のオモチャ屋さんで、他の男性の視線を感じながら歩く緊張。
人混みの中で服の上から身体をなぞられる背徳。
「上と下の下着、脱いでおいで」
そう命じられてトイレで下着を外したとき、冷たい空気に触れる脚が震えた。
「誰も知らないのに、自分だけ裸」──その秘密が、ぞくぞくするほどの興奮を呼んだ。
彼の命令には、驚くほど素直に従っていた。
自分でも“どうして?”と思うけれど、彼に褒められるたび、心の奥が熱くなった。
彼はどこまでも私を知ろうとした。オナニーの頻度も、どんな妄想をするのかも、全部正直に話した。
それを恥ずかしいと思わなかったのは、きっと、理解されたかったから。
彼の前では、どんな自分も受け入れられてしまう気がしていた。
でも同時に、その優しさの裏に支配的な光が見えたとき──私は、抗えないほど惹かれていた。
そして、その夜。
初めての温泉旅行。
「どうせなら深夜バスで行こう」と言われ、私たちは人混みのターミナルに並んで座った。
照明が消え、暗闇が訪れると、不思議なくらい世界が静まった。
毛布をかけ、目を閉じても全然眠れなかった。
心臓の音ばかりがやたらと大きい。
次の瞬間、ふと脚のあたりに柔らかい手の感触があった。
「……寝てないだろ?」
耳元で彼が囁く。
答えられずにいると、指先がスカートの中へ滑り込んでいった。
息を飲む。
「偶然、隣の席の人に触られてると思ってごらん」
その言葉と同時に、全身が震えた。
“知らない誰か”に触られている想像が、理性を曇らせた。
下着の上からなでられたクリトリスが反応し、体温が上がっていく。
目の前には他の乗客がいる──その事実が、一層私を興奮させた。
「毛布に包まったまま、全裸になってみな」
思わず「ここで?全裸?」と小声で返した。
でも、結局、私は従った。
上着、ブラ、スカート、パンティ。
ひとつずつ脱ぐたびに、羞恥と背徳が混ざり合って、心地よい痺れが広がる。
毛布の下、私は何も身につけていなかった。
「いつもやってること、皆に見せてあげなよ」
その命令に震えながらも、右手を股間に伸ばした。
ぬるりと指先が濡れた音を立て、私は唇を噛んで声を殺した。
バスのエンジン音だけが、静かに流れている。
彼が毛布を少し持ち上げようとしたとき、胸がきゅっと締めつけられた。
見られたら終わり。でも、見られたい。
その矛盾の中で、私は自分を見失っていく。
「…気持ちいいか?」
そう囁かれた瞬間、腰が勝手に動いた。
「やだ…そんなこと言わないで…」
小さく言葉を漏らすと、指先がまたクリトリスを嬲る。
「だ、だめぇっ…おまんこ、溶けちゃう…!」
口にした自分の声が、見知らぬ女のように淫らで、頭が真っ白になる。
彼は私の手首を押さえて、寸止めをした。
指先一つで絶頂を奪われる。その支配感がたまらなくて、涙が出た。
「……入れて欲しいのか?」
答えられないまま、私は腰を浮かせた。
毛布の中、膝の下で彼の熱が脈を打っている。
「ふふっ…いけないコだな…お仕置き、しなきゃあな」
その後の感覚は断片的だった。
強く抱きしめられ、身体の奥がひらく音がして、全てが溶けていく。
声も呼吸も止まらなかった。
心の奥にあった「理性」という鍵が、完全に壊れた。
彼に抱かれながら、私はもう“人妻”でも“教師”でもなかった。
ただひとりの“M女”として、彼に導かれるまま堕ちていった。
その夜、私は自分の中で何かが生まれ、何かが終わったと感じた。
恥ずかしい、でも、幸せ。
それ以来、私はもう、元の私ではない。
彼の言葉ひとつ、指先ひとつで、心も身体も支配される。
そして、そんな自分を受け入れた瞬間に、妙な安堵を覚えた。
“私は、生きている”──そう思えたから。
今もあの関係は続いている。
彼に言われるより先に、自分から誘うようになってしまった。
あの夜を境に、私は“見られる快感”を知ってしまった。
出会い系の画面から始まった恋が、こんなかたちで深くなるなんて。
もし、あの頃の私を見たら──きっと別人だと感じるだろう。
けれど、今の私は、ようやく本当の意味で女になれたと思っている。
