営業の帰り、久しぶりに彼から電話があった。
「最近、保険料が高くてさ。見直しをお願いできる?」
懐かしい声――四年前、転勤前に契約を担当したお客様。仕事とはいえ、当時の彼の柔らかな笑顔が印象に残っていた。
電話越しの声を聞いた瞬間から、胸の奥が少し疼いたのを覚えている。
再会は二日後、喫茶店で。
四十を過ぎた私に、営業スーツのタイトなスカートは少し無理があると分かっている。
けれど、鏡に映る自分を見つめながら、イヤリングを付ける指が止まらなかった。
「どう見えてもいい。今日は女の顔で会いたい」――そんな気持ちを抑えきれずにいた。
席に着くと、彼の視線が一瞬、私の脚をかすめた。
わざとハンカチを膝に掛けなかったのは、職業柄の癖ではなかった。
誰かに“見つめられる”感覚を、ずっと忘れていたのだ。夫と別れ、娘も独立してもう何年経つだろう。
孤独を感じない日はなくても、それを表に出せる場所はなかった。
資料を広げながら、彼と保険内容の話をする。
形式上は説明しているのに、頭のどこかでは“彼の眼差しがいつ脚から離れるか”だけを気にしていた。
紅茶の湯気が上がる狭いテーブル。沈黙が少し長引いた時、私の心には冷たい理性よりも、熱を帯びた衝動が勝ちはじめていた。
「今日の営業はこれで最後なんです」
そう言ったとき、自分でもわずかに期待を含ませた声になっていた。
彼が“予定は特にない”と答えた瞬間、理性の糸が切れたように感じた。
「これから帰っても、一人でご飯支度してテレビ見て、お風呂に入って寝るだけ」
笑いながらそう言ったけど、その“寂しさ”を悟られたかった。
男の人は、少し脆さを持った女に優しくなるから。
そして、冗談めかして言った。「もう2、3時間なら時間あるわよ」
彼の口から「危険な長さだね」と返ってきたとき、もう私は営業ではなかった。
“枕営業”と勘違いされても構わない。ただ、女として扱ってほしかった。
──ホテルの部屋。
初めてじゃないのに、あの緊張感はなんだろう。
スカートの中に指が入った瞬間、息が漏れた。
「汚れてるから…」なんて言葉は口走ったものの、止めたい気持ちはなかった。
久しぶりに感じる男の指。パンスト越しの刺激が、堪らなく生々しい。
「だめよ、汚れてるってば…」
そう言いながらも、私の声は甘く震えていた。
押し倒された時、鏡に映る自分の姿が一瞬見えた。
年齢を重ねた体なのに、恥ずかしさよりも“見られる興奮”が勝っていた。
舌が這う。
あの時の熱気、汗の匂い、呼吸の合間に漏れる声――全てが本能を剥き出しにした。
「やめて…おかしくなる…!」と抗うたびに、舌先がさらに奥を探る。
長い年月、自分の体を飢えさせていたことを思い知った。
絶頂を迎えた瞬間、彼の名前を口に出した。
それが自分の声だと気づくのに数秒かかったくらい、何もかもが溶け合っていた。
もう、仕事も年齢もどうでもよかった。ただ、抱かれている実感だけが欲しかった。
「立派…」
ベッドの上でそう呟いたとき、もう私は完全に彼に堕ちていた。
オフィスで書類を扱う指じゃない、男の手の感触がたまらなく安心だった。
胸を見られた時、少し恥ずかしくて「垂れてるから」とつぶやいたけど、彼が「そのくらいがいい」と笑う声に救われた。
久しぶりに“女として肯定された”気がした。
結合した瞬間、身体の奥が熱く跳ねた。
「こんなに濡れてる…」と囁かれ、頬が火照る。
少し緩んだ膣を彼がゆっくりと出入りするたび、若い頃には感じなかった“鈍く深い快感”が広がる。
魂が身体の奥で震えるような、そんな感覚だった。
「もっと…強くして…」
自分がどんな顔をしていたか、思い出せない。
ただ、突き上げられるごとに涙が滲んだ。幸福感の涙。
終わったあと、彼に抱きしめられながら「ありがとう」と言ったのは、体じゃなく心が満たされたからだ。
彼が中に出したことも、責める気にはならなかった。
「大丈夫よ」と笑いながら言えたのは、奇跡のような夜だったから。
再び立った彼がシャワー室に誘ってきた時、私はもう抵抗できなかった。
浴室の鏡に映る自分――年齢を重ねた体。それでも“見られている快感”が蘇る。
二回目のあと、肩に頭を預けながら言った。
「保険、ウチで更新してね」
冗談のように笑ってみせたけど、心のどこかで“また会いたい”と言えなかった自分を少し情けなく思った。
車の中で、彼が「4年後かな」と笑った。
「そんなに待てない」と返したのは、営業トークではない。
本気で、また女としてあの時間を味わいたかったから。
──帰りの道、バックミラーに映る自分の顔は、忘れていた“恋する女の顔”をしていた。


