俺はフリーのライターで、一度も結婚歴のない独身の中年男です。
最後に女性と交際したのは29歳のときですから、およそ16年間も恋人がいないことになります。
もともと俺は小説家志望だったのですが、現実はとても厳しいもので、懸賞に応募しても落選続き。
貧乏のどん底状態で、知り合いのつてでライター仕事を紹介してもらい、それなりの生活ができはじめたころには四十の坂を越えていました。
今は生活のために、小説よりも弱小週刊誌のライター仕事が中心になっており、女性にアタックするような気力や体力もなくなっていたんです。
仕事場はもちろん自宅のアパートで、将来のことを考えると、不安感に押しつぶされそうでした。
そんなある日、隣の部屋にひと組の夫婦が引っ越してきました。
二人はすぐに挨拶に来てくれたのですが、奥さんを見たとき、私は一瞬にして心ひかれてしまいました。
歳のころなら三十代前半でしょうか。
ぱっちりとした大きな目、小さな鼻、ぷっくりとした唇と、ベビーフェイスにもかかわらず、彼女はとても豊満な体つきをしていました。
セーターの胸元からいまにもこぼれ落ちそうなバストや、腰回りも横にパンと張り出していて、まさに私好みの愛くるしい女性でした。旦那さんのほうは異様に若く、好きなときに彼女を抱ける彼を私はうらやましと思うとともに、今の自分の状況と比較し、すっかり落ち込んでしまったんです。
表札から、奥さんの名前は『秀美』
だと分かりましたが。
私はその日から彼女の淫らな姿を妄想するようになりました。
いちばんきっかけになったのは、夜な夜な隣の部屋から夫婦の営みが聞こえてくることでした。
今住んでいるアパートは壁がとても薄いんですが、二人はそのことにまだ気づいていないようで、最初は旦那さんがアダルトビデオでも観てるのかと思ったんです。
なぜなら喘ぎ声に混じり、女性の卑猥な言葉がときおり聞こえてきたからです。
『あぁ、あなた。もっと奥まで突いて』
『オチンチン、硬いぃぃぃっ』
『オマンコいい、オマンコいいの』
男の性欲だけを刺激するようなセリフがバンバン聞こえてくるのですから、勘違いしてしまうのは無理はありません。
喘ぎ声が秀美さんのものだとわかったのは、旦那さんが放った、『秀美、もう勘弁してくれ。明日は早朝から会議があるんだから』
という言葉からでした。
こうして週に4日は秀美さんの喘ぎ声が洩れてくるのですから、こちらはたまったものではありません。
可憐な容姿とのギャップに新鮮な刺激を受けた私は、仕事そっちのけで年甲斐もなく、何度もオナニーで欲求を発散してしまいました。
ところが秀美さん夫婦が引っ越してきてからふた月も経たず、とんでもない事態が発生しました。
いつもは夜しか聞こえてこない女性の喘ぎ声が、平日の午後2時ごろに聞こえてきたんです。
もちろんその声がアダルトビデオなどではなく、秀美さんの声であることははっきりとわかっていました。
私は、てっきり旦那さんが何かの理由で会社を休んでいるのではないかと考えたのですが、その日の夜、夕食を買い出しにいったとき、駅の方角から歩いてくる旦那さんの姿を見かけたのです。
まさかと思いながらも、あの奥さんが旦那の留守に男を連れ込んでいるとは、とても信じられませんでした。
秀美さんは私のなかで、一種のアイドル的存在となっていましたし、どうしても認めたくなかったんだと思います。
それから週に二日は、昼間に彼女の喘ぎ声を聞く日々がひと月ほど続きました。
そして仕事の打ち合わせから夕方に帰宅した際、私はついに秀美さんの決定的な浮気現場を目撃してしまったのです。
階段を昇って自分の部屋に向かう最中、突然秀美さんの部屋の扉が開き、私は回り込むようにして横を通り過ぎました。
当然、秀美さんが買い物にでも出かけるのだろうと思いながら会釈をしたんですが、彼女はなんと扉の裏側で見知らない男と熱い抱擁を交わしていたんです。
ドアが遮断幕になっていたので、誰にも見られてないだろうと思ったのかもしれません。
男は背中を向けており、私の存在には気づかなかったようですが、秀美さんとは視線がしっかり合ってしまい、私はあわてて自分の部屋へと逃げ込みました。
秀美さんは、やはり夫の目を盗んで不倫をしていた。
あまりのショックに打ちひしがれ、私は全身から力が抜けていくようでした。
食べ物ものどを通らず、その日は着の身着のまま、布団をかぶってふて寝をしていたんです。
午後7時過ぎぐらいでしょうか。
部屋のインターホンが鳴り響き、やや甲高い女性の声が聞こえてくると、私はハッとしました。
『平山さん、います?ちょっといいですか』
その声は、間違いなく秀美さんでした。
『いったい何の用だろ?ひょっとして、言い訳でもしにきたんだろうか。それとも旦那さんへの口止めを頼みにきたのかな』
不貞の現場を隣の部屋の住民に見られたわけですから、普通の女性ではとても顔を合わせられないはずです。
なんにしても、私はすぐさま玄関へ向かい、部屋の扉を開けました。
『ごめんなさい。こんな時間に。迷惑ですか?』
『いえ、そんなことは…ありませんけど』
『平山さんて、パソコンには詳しいですか?』
『は?』
『実は、メールが突然使えなくなって。
もし時間がありましたら、ちょっと見てもらえないかと思いまして』
『パソコンは仕事で使用しているのである程度なら分かりますが…』
秀美さんはいつもと変わらぬ明るい笑顔で、夕方の一件などすっかり忘れているかのようでした。
私も拍子抜けしながらも、固い表情は少しも崩しませんでした。
『で…でも、旦那さんは?』
『今日は主張で、帰ってくるのは明日なんです。
知人にどうしても緊急のメールを送らなくちゃいけなくて。
お願いします!』
夫が主張という話を聞き、彼女は男と会っているいるときは油断したのだなと、私はピンときました。
それでも密室の中であこがれの人妻と二人きりになれるのですから、こんなチャンスはめったにありません。
『わ、分かりました』
旦那さんが留守ということで、ようやくホッとした私はサンダルをはき、秀美さんに導かれるまま、お隣の部屋へと向かったんです。
ほんのちょっぴりだけ期待しながら…。