父子家庭だったが
小学3年生の時に
父は再婚して継母と
住むようになりました
それまで父と息子の自分だけの
男所帯でしたが
継母と住むようになって
家の中が華やかになり
楽しい小学生時代を過ごせました
しかし、不幸は突然やってきたんです
僕が中学生になると
父親がガンで他界してしまったんです
その後、継母は再婚もせずに
血の繋がらない僕を育ててくれました
継母が父と再婚した時
母は30歳
子供を作ろうと思えば
作れたと思うのですが
何故か子供は出来なかった
今も何故子供を作らなかったのかは
聞いていないし聞きづらい
あれは、高校3年生の時
自転車で転倒して両手首を骨折してしまい
肘の下から手のひらまで
両手共ギプスをはめられてしまい
何をするのも継母の手を煩わせてしまった
早い話、両手を使わないと
ご飯も食べられないので
継母に食べさせてもらってました
学校では授業を聞いてましたが
当然ノートは取れません
昼ご飯は仲のいい友達に
パンを口まで持って行って
食べさせてもらっていたw
下着なんとか自分で着替えてましたが
下着以上の服も
母に着せてもらってました
そんな介護生活が1週間過ぎた時
無性にオナニーがしたくなったものの
両手が使えませんので
当然オナニーなんて出来ません
毎日オナニーしていた
思春の自分に取って
オナ禁生活は大変つらいものでした
10日を過ぎた時に
我慢しきれなくなって自分は決意しました
継母にオナニーの
代わりをしてもらうことを
「お義母さんお願い自分で出せないんだよ
お願いだから手で出して」
母の返事は
「何言ってるのバカね」
当然やってもらえる訳がありません
自分はそれでも我慢の限界で
翌日もお願いしてみました
でも返事は同じです。
その翌日3回目のお願いをした時
継母は観念したのか
自分のことを哀れに思ったのか
「手だけですよ」
と言って下着を脱がせてくれた
母が手で優しく握って
シコシコし手コキし始めたのですが
お風呂は自分の前に
タオルを掛けて
継母が洗ってくれていたのですが
チンコまでは洗ってくれていなかったので
自分でもすごく臭っているのがわかりました
なので当然口でなんてお願いも出来ないし
お願いしても無理だと思うし
ましてやフェラしてほしいから
先に洗ってなんてお願いも出来ません
今までオナニーしか
したことがなかったので
母とはいえ血の繋がりのない
母に手コキをしてもらうと
3分ともたずにクライマックス!
「逝きそう」
と言うと継母は用意していた
ティッシュを4~5枚重ねて自分が
「逝く!」
と言うとさっとティッシュを
ぺニスに被せてザーメンを
受け止めてくれました
結局ギプスが取れるまで
1ヶ月余りの間に
3回手コキで抜いてくれましたが
継母とはそれ以上の事はありませんでした
いつか僕は継母にお返しを
してあげるつもりです
継母が老いて介護が必要になったら
継母のおっぱいやオマンコを綺麗にお掃除して
優しく介護してあげようと思います