「メールだけなら」と思って始めた出会い系。
寂しい夜、誰かと少し話せたらいいという軽い気持ちだった。けれどその人――彼から届くメッセージは、他の男たちとは違っていた。下品な言葉もなく、しっかりとした文体で、まるで古い知り合いのように私の一日を気遣ってくれる。
主婦として、母として、女を忘れていた私にとって、その優しさはいつの間にか癒しになっていた。
電話をするようになったのは一週間ほど経ってから。
少し緊張してかけた声の向こうで、彼が「落ち着いた話し方ですね」と言ってくれた時、胸の奥が熱くなった。子育てと家事ばかりの生活に、そんなふうに女として捉えてもらうことなどなかったから。私は自分でも信じられないほど素直にその言葉を喜んでいた。
そしてついに、「逢って話すだけ」という約束で会うことになった。
昼間のスーパーの駐車場で彼を見つけた時、私は逃げようと思った。気恥ずかしくて、怖くて、何より自分が人妻であることを思い知った。だけど助手席で微笑む彼の横顔を見た瞬間、緊張が少しほどけ、「この人なら」と思ってしまった。
公園を歩いても、会話はぎこちなかった。
でも、手を取られた時のぬくもりに、ここしばらく感じていなかった“男女”の温度を覚えた。
その流れで「ホテルで休もう」と誘われた時、私の口は拒絶していたけれど、心の中ではもう抗いきれない何かが揺れていた。
車を停めた彼の手が私の膝に触れた瞬間、頭の中で何かが切れた。
「話すだけだから」という言葉にすがりながら、私は鍵が開く音を聞いていた。
部屋の中に入ると、静まり返った空気にコーヒーの香りが混ざって、緊張と背徳のにおいがまとわりつく。
彼が近づき、頬に触れた瞬間、熱が一気に全身に広がった。
止めようとしても、呼吸が速くなって言葉にならない。
気がつけばソファに押し倒され、服のボタンが一つずつ開かれていく。
「話が違う」と口では言ったけれど、本当のところ、私は怖さよりもその指先の感触に震えていた。
下着をずらされた瞬間、恥ずかしさで顔を背けた。
だが次の瞬間、太ももをなぞる舌の感触に、身体がびくんと跳ねた。
「舐めるね」
そう囁かれて、私は息を呑んだ。
何度も交わった旦那にも、こんなに丁寧にされたことはなかった。
濡れている自分に気づくたびに、羞恥と快楽が交錯し、逃げるように腰を引こうとするのに、舌が追いかけてきて、中心を吸い上げられる。
痛いくらいだったのに、次第にその痛みが甘さに変わっていった。
「やめて…もう…」
と声に出すたび、彼の舌はさらに深く入ってきて、息が続かなくなる。
私の身体は、意思とは裏腹に勝手に開いていった。
何度も何度も、舌で描かれる円の中で、私は溶けていくように震えていた。
気づいたら涙が出ていた。
舌先が触れるたび、心の奥までほぐされていくようで、過去に溜めた孤独が全部零れていく。
「綺麗だよ」
そう言われた時、嬉しさよりも、もう後戻りできない怖さに心が揺れた。
だが次の瞬間には、その言葉を信じたくて、彼の頭を押さえつけていた。
腰が勝手に彼の口元を求めて動き、舐められるたび、喉から知らない声が漏れる。
快感の波が何度も繰り返し押し寄せる中で、私は完全に妻でも母でもなくなっていた。
長い時間をかけて、彼はただひたすらに舌で私を責め続けた。
指も入れない。ただ深く、執拗に舐め続ける。
その単調なはずのリズムが、逆に頭を空っぽにしていく。
何回イッたのかもうわからない。腰が震えても止まらない。
自分が喘ぐ声を、切れ切れの息の中で聞きながら、私は泣き笑いしていた。
「また…会ってくれる?」
帰り際、彼がそう言った。
私はためらいながらも「…わからない」と答えた。
でもその夜、家族が寝静まったあと、スマホの光の中に彼からのメールが届いた瞬間、指が勝手に動いていた。
“逢いたい”
その文字を打つまで、ほんの数秒。
静かな家の中で、濡れた身体の余韻がまだ消えない。
夫の隣で息を殺しながら眠る時、あの舌の記憶が蘇る。
私の中には、知らない女が目を覚ましてしまった。
その女は、もう、もとには戻れない。
