静かな夜に、私はふと一人で飲みたくなった。
理由なんてなかった。息子は恋人の家に泊まりがけで、夫はとうの昔に家を出ていった。誰も帰ってこない家の中で、テレビをつけても音ばかりが虚しく響く。鏡に映る自分の顔は、思っていたよりも老けて見えた。だからつい、冷蔵庫の奥に眠っていた焼酎のボトルを手に取ってしまった。
最初の一杯は、寒気を押さえるように喉へ流し込んだ。二杯、三杯と進むにつれて、体の芯が熱くなる。頬が火照り、指先がじんわりと痺れる感覚。そんな時、玄関のチャイムが鳴った。
「文子さん……まだ起きてますか?」
扉の向こうから聞こえた声に、酔った頭が少しだけ覚めた。息子の後輩の彼。いつも礼儀正しくて、大人びた目をしている青年だ。思わず口を滑らせるように、「上がる?」と誘ってしまった。
彼は少し戸惑いながらも、笑顔で頷いた。久しぶりに人の気配がするリビング。私の声が弾んでいるのが自分でもわかった。焼酎をグラスに分けながら、「あなたも飲む?」と差し出すと、彼は穏やかに微笑んだ。その笑顔が眩しくて、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
飲みながら昔話をした。息子の反抗期のこと、昔の習い事のこと。そんな他愛ない会話の中で、ふと寂しさが溢れてきた。気づけば、私は彼の肩にもたれていた。
「酔ってますね、文子さん」
そう言う彼の声が、優しくて、叱られているようでもあった。頬に触れた指の温度があたたかく、理性の最後の糸が切れた。
「ねえ……抱きしめて」
自分でも信じられない言葉が口からこぼれた。驚いたように彼がこちらを見る。その瞳の奥で揺れた迷いを見た瞬間、胸が痛んだ。でももう止められなかった。誰かに触れてほしかった。ただ、それだけだった。
彼の腕がゆっくりと私の肩を抱いた。
その瞬間、涙が出そうになった。久しぶりに感じる人の温もりに、胸の奥が解けていく。唇が触れたとき、焼酎の香りと彼の息が混ざって、世界がとろけるように霞んだ。
身体を彼の胸に押し付けると、鼓動が速くなっているのがわかった。いつも息子と笑っていたその彼が、今は私の唇を求めている。罪悪感と欲望が同時に込み上げ、頭が真っ白になった。
ソファに押し倒されるのではなく、私の方から彼の身体に跨がった。
「いいの……私からで」
震える声でそう言いながら、彼の腹の上で腰を落とす。手のひらで彼の胸を感じながら、自分の体温が溶けていくようだった。下腹部が熱く、擦りつけるたびに息が漏れる。彼の手が腰に触れると、その指先が電流のように走った。
焦らず、ゆっくりと、私は彼を受け入れた。
一瞬、痛みのような感覚がよぎる。けれど、それはすぐに快感へと変わった。背中を反らせるたび、深い場所に届く音が体の奥で響く。彼の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。その視線が、女としての自分を思い出させた。
「気持ちいい?」と彼が囁く。
私は息を詰めたまま、ただ頷いた。言葉を出したら、涙がこぼれそうだったから。
腰を動かすたびに、焼酎の熱と共に身体の奥がじわじわと解けていく。繰り返すたび、彼の体温が肌に染み込み、次第にどちらが動いているのかも分からなくなった。
いつの間にか私の髪を彼が撫でていた。乱れた前髪の向こうで、彼は優しく微笑んでいた。
「文子さん、可愛いですよ」
その言葉に、胸の奥が一瞬で崩れた。年下の彼に“可愛い”なんて言われることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。腰の動きが止まらなくなり、身体の奥に波のような感覚が押し寄せる。息を吐くたび、部屋の空気が震えた。
両手で彼の顔を包みながら、唇を重ねる。
その瞬間、涙が溢れた。
あの日、夫に裏切られた夜、自分はもう女として終わったと思っていた。だけど今、この瞬間、確かにまた女として見られている。肌と肌がぶつかる音が、心の中の空洞を少しずつ埋めていく。
彼の腕に抱かれたまま、ゆっくりと身体を重ね続けた。
何度も揺れて、何度も名前を呼ばれ、やがて強い熱が腹の奥で溶けた。
静かになった部屋の中で、私は息を乱したまま彼の胸に顔を埋めた。鼓動の音が心地よくて、もう何も考えたくなかった。
「ごめんなさい、私、ひとりに耐えられなかったの」
そう呟くと、彼は何も言わず、ただ背を優しく撫でてくれた。
まるで、全てを許すように。
