あれから二ヶ月。
あの夜の出来事を忘れようと何度もした。
でも、忘れようとするほどに、あの感触と彼の体温が鮮明になっていった。
夫は相変わらず仕事で遅く、家の中は静まり返っている。
食卓の向こうに座る人がいても、心はまるで別の場所にあった。
胸の奥では、あのとき流れ込んだ熱が、まだ消えていなかった。
私の中に芽生えた生命が確かに動いているのを感じながら、「母」でありながら「女」である自分がまだ息づいている。
そして私の中で、どうしようもなく、また彼に会いたいという思いが膨らんでいった。
日曜日の午後。
夫と子どもが義実家に行く日を待っていた。
鏡の前で髪を整える手が震える。
彼に会う理由なんて、何も要らなかった。
ただ、「あの夜を確かめたい」というそれだけだった。
彼の住む階に足を踏み入れると、心臓が早鐘のように打った。
指先がピンポンボタンに触れた瞬間、背筋に電流が走る。
ドアが開いたとき、彼の表情が一瞬止まった。
そして、あの優しい笑顔。
「久しぶりですね、奥さん」
「ね、呼んでくれたらよかったのに」
言葉とは裏腹に、彼の部屋に入るまでの記憶が曖昧だった。
玄関を閉める音がした途端、足が自然に動いた。
気づけば、彼の胸に腕を回していた。
「あのときのこと、忘れられなかったの」
告白のような一言が、唇の奥から震えて出た。
彼の手が背中に回り、少し強く引き寄せられた。
その瞬間、すべての理性が吹き飛んだ。
唇がぶつかり、舌が絡む。
息が混ざりあい、彼の手が私のシャツを滑る。
自分でも驚くほど、身体が先に動いていた。
暑さと罪悪感の間で、心が軋む。
けれど、止まる理由なんてもうなかった。
ソファに押し倒され、脚が自然に開く。
彼の熱い指先がゆっくりとたどるごとに、奥から声が漏れた。
「ここ、もう駄目なの…」
そう言いながらも、腰が彼に向かって動いていた。
「もう待てない」
彼の低い声と同時に、全身が震えた。
次の瞬間、膝の間にあの熱が押し込まれた。
身体の奥まで突き上げるその圧力に、心が真っ白になっていく。
現実も、夫も、何もかもが消えて、
今はただ彼とひとつになれているという喜びだけが残った。
彼の息が首筋にかかる。
胸を強く掴まれ、奥まで貫かれるたび、体の奥が鳴った。
「いけない……こんなの、いけないのに……」
そう言いながら、腰を押し付けて離せなかった。
何度も強く突かれるうち、子宮が覚えているような疼きが蘇った。
あの夜に注がれた熱が、再び戻ってくるみたいだった。
彼が一度抜けて、私を後ろから抱き上げる。
背中に触れる手が、息苦しいほどに優しい。
「奥さん、また中でいい?」
問いかけに首を振る余裕なんてなかった。
ただ腕を伸ばして、彼の首に手をまわす。
「いい……お願い……」
その一言が合図のようだった。
次の瞬間、身体の奥にまたあの熱が広がっていった。
心と身体が同時に爆ぜたみたいで、息も続かない。
腰を突き上げられながら、彼の名を呼んでいた。
精が注がれていく感覚に包まれながら、涙がこぼれた。
それは悲しみでもなく、後悔でもない。
自分がまだ「女」であることを、確かめた涙だった。
行為のあと、彼に抱かれたまま静かに息を整える。
窓の外は夕暮れ、遠くで車の音がする。
彼の胸に顔をうずめながら、囁いた。
「もう、抜け出せないかもしれない」
彼は何も言わず、頭をそっと撫でた。
私たちの関係はもう戻れない。
けれど、その危うさこそが、今の私を生かしている。
お腹に宿る命も、今日のこの行為も、
すべてが自分の選んだ現実だ。
罪と快楽の間で、揺れながらも確かに生きている。
帰り際、玄関で彼が私の手を取って言った。
「また、来てくれますか?」
その声が胸の奥に残ったまま、私は小さく笑ってうなずいた。
もう引き返せない。
けれど、それでも…。
彼の香りがまだ残る身体を感じながら、
私はまた、女としての鼓動を取り戻していた。
